混沌列記 written by 川上先輩(^^)/

2017年と共に誕生したグレゴリウスまるるです!!!!こんにちは!!!(あずさちゃん清先輩の言葉をパクりました!!!二人ともすごいセンスです!!(笑))
さて、もうそろそろ私のブロガー任期も終わりなのですが、個人的には色々な方にスポットを当てるということをブログの目標の一つにしていて、その一環として、今回はいつもとは少し趣向の違う記事にしてみました!|:3ミ大会の感想文という感じではなく、個人にスポットを当てた記事です。

さて、気になる書き手は…そう、清先輩です!!!!!!!!!先輩は去年とても就活や勉強でも忙しくされている中でとてもたくさんACやジャッジをされ、何度も入賞されているのですが、先輩のディベートへの想いや、はたまたいつもどんなことを考えていらっしゃるのかは謎に包まれており、まるるは個人的にとっても気になる方でした!!!
まるるの突然の申し出にも快く応えてくださりすぐに感想文を頂くことができました(さすがの仕事の速さです……!)(そして我はさすがの仕事の遅さですね…(昇天))

読んで頂ければわかるのですが、感想文からは、清先輩が本当に純粋にディベートを知の競技として楽しんでいらっしゃるということや、建前や虚栄より実質を見つめられている姿勢、他人を常に尊重されている姿勢などが伝わってきて、私は先輩の人柄や考えにとても感動してしまいました。たくさんの方への示唆に富む感想文になっているので、是非お読みください(#^.^#)

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 これをご覧になっている皆様...随分と物好きな方々ではないか、と勝手に推測してる川上です。
 
   (本当に思ったことを気の向くままに記述するので悪しからず)

特に意味はないですが感想文の概観は以下のようになります
     動機→各大会で実際に感じたこと→自分なりの示唆??  
という順で様々な大会を振り返ろうと思います('ω')ノ 
恐らく三番目が自分の考えが最も出てますので前二項は読み飛ばしてもOkです

 【動機】
 
 ESUJ、Osawa杯、Umeko杯、BP Novice…結論から言うと運営という形で英語ディベートに関与したいという気持ちが少しあったからです。自分の運営での経験は当日コミでは2,3回、正規コミでは銀杏杯の1回のみでしたので乏しいと言って差し支えないでしょう。
 ESUJでは社会人とのやりとりもあり、社会性のない自分にはピッタリなのでは??(錯乱)という感情、単純にみんなスーツ着ててカッケーといった羨望があったのではないでしょうか。あまり綺麗に言語化できそうもないです。一方、OsawaはACとしてmotion作成に携わることができるのはさぞかし楽しかろというワクワクベースの動機でした。そしてUmeko, BP NoviceではOsawaの経験を生かそうというのと、就活と大学の勉強諸々の課題がある中でわざと自分を追い込んでみようという狂気的なマインドセットがありました。

 Japan BP...運営で約4か月のディベート生活を過ごしたために久しぶりにディベーターとして大会出てみたいという気持ちと、一応就活が一段落したのもあり参加しました。ほんとにザックリ言うとそんな感じです。なんとなくジャッジを長期間やってきたしディベートスタイルの変化でも楽しもうという楽に構えた部分もあります。では早速次に移りましょう(/・ω・)/

 【各大会で実際に感じたこと】

 ESUJ...主に2点。
1. ORで参加者全体とconfrontしている緊張感ヤヴァイ。緊張したせいもあってか大会中ところどころでスクリーンの表示ミスを犯してました。自分のwi-fiが機能したりしなかったり。スポンサーの方々との打ち合わせ等も普段では体験し得ない特殊な緊張感がありました。そしてこの緊張感、自分のの身体が好きだったのか、なかなか離れてくれませんでしたorz

2. 社会人と学生の観点の違いです。具体的に記述するとキリがないので省略して抽象的な書き方になりますが、emphasisを置くポートフォリオの違いです。学生からすると「形式的」なものでも相当に大切なものだったりするかもしれません。motion会議でも学生がディベートとして成り立つかという点に非常に重点を置いている一方で、議題として楽しいかどうかをものすごく考えている社会人の真摯な姿勢には感銘を受けました。

 Osawa杯…主に2点
1. コスプレによる非日常の楽しさ。参加者の中で凝ってるコスプレがあって単純にいいセンスでした。自分も赤いカラコンという「ガチ」でした。新しい自分に一時的にでもなれるのはいいもんです。コスプレしているのに本気で弁論したり勝敗の理由を神妙に語る集団の絵は奥ゆかしいこと限りないです(自分もそれを構成する一部なのですが)。
これはアニメ映画の実写版か!?!?!?非常に奥ゆかしいです!!!_(:3 」∠)_

2. motionのワーディングの重要性。これは少なからず誰もが考えていることだと思います。しかしACという役職の性質、大会後に先輩と話す機会もあり、今まで以上に重要性を痛感しました。例えばTHBT α should ~とTHBT α has a moral obligation to ~ の2つにはちょっとした重要な違いがあったりします。言われると あぁあ(´▽`) ってなりますが意外と気づきません。
 Umeko杯…シンプルに一つ。 一年生が若いしキラキラしてる。 Period. ディベートに関するpurity半端ない。これからどうディベートにかかわるかは一年生のyou as an individual が決めることですが、ディベートとの邂逅が良きものとなるように密かに願っております。老兵去るのみです。。。全く関係ないのですがUmeko杯って津田塾大学が自大学をネタにしててちょっとした笑いを提供しているので銀杏杯でも東大をネタにした何かがあると面白いのかもしれないという。
いやあの、先輩もめっさキラキラしとってですよ。
キラキラっていうかギラギラしてはります。もはや。

 BP Novice...3つ。
1. 関西と関東で予選が別々だったりなかなかに大変でした。会場等の都合もあるのでしょうか。難しいところです。Osawa, Umekoに比べChallengingでした(in a sense of Organizing a tourney) ACとしてこういったところにも頭が回るべしと痛感します。
先輩が送ってくれはった謎の写真。何度見ても隅々まで見ても謎です。

2. やはりジャッジの観点千差万別。これはACがほぼ全てのラウンドで3人のパネル(sometimes including a trainee)と共にジャッジをしたというのもあり3人ジャッジの時よりも強く感じました。
3. 躍動という原始的反応。特にBreak Roundsで他大含めた1,2年生の成長を肌に感じました。
UTの優勝の瞬間はACという役職でありながら嬉しみが沸き起こりました。人間だもの きよし
(みつをのノリで書いてみましたが自分でも寒すぎてサムイです)

躍動という原始的反応……!!!!!日本語でもワーディングがかっこよすぎます!
躍動しまくった表情なんですね
 Japan BP...2つ。1. ディベーターの5感ほぼ消失。試合後にframingはこうじゃん!! Burden of Proof相手にこう押し付けられるやんけ(*_*; といったような事態が連発。ディベート界の幸村精市と試合でもしたんでしょうか。惨憺たるアウトプットの結果ブレイクだけしてPre-Quarterで大破した模様です。何がBlauer Maxじゃ...こんなのじゃ勲章なぞ貰えぬぞといった感じです。(チーム名のBlauer Maxに興味抱いた方、是非プールルメリットをwikipediaで見てくださいまし)
引用「プール・ル・メリット勲章 (Pour le Mérite) は、1740年にプロイセン王国で制定されたの勲章の一つであり、戦功章 (Militärklasse) と平和章 (Friedensklasse) がある。戦功章は第一次世界大戦終結までのプロイセン軍における最高の名誉勲章であり、俗にドイツ語でブラウアー・マックス (Blauer Max)、英語ではブルー・マックス (Blue Max) とも呼ばれる。」
先輩その顔にはまってはるんですか

2. やったことないモーションが素直にideaとして面白い。Fairnessやmotion spiritのConvergenceが言われたりしていますがACの試みには大いに感謝しております。

先輩のかっこいいスピーチ(*^-^*)
 あとはどの大会でも共通しますが感謝の念。これ、本当です。ESUJでは社会人の方々の熱心なサポート、参加者の大会ルール遵守の精神、正規・当日コミの真摯な手助けにも頭が上がりません。Osawa, Umeko, BP NoviceのACの他のメンバー(特にCA)はnothing but 偉人sです。JBPで組んでくれたYuai Satakeも忙しい時期に一緒に練習に付き合ってくれました。更に自分がヒドイパフォーマンスだった時でもチームの雰囲気を明るくしてくれました。結果にかかわらずJBPまぁまぁ楽しかったのは8割彼のお陰です。

 【自分なりの示唆??】

 ここからは大会ごとではなく全体的なものを幾つか記述致します…
 1. 自分がやったことないことやることの意義(大きく、抽象的な話です)。新しいことをやってみることに対する抵抗は人それぞれですが、新領域へ足を運ぶことによって価値観が広がることも事実。見えない世界への小旅行という気まぐれな気分がderivationでもいいので普段少し抵抗を感じているものに手を出してみてはどうでしょう。
 自分が1,2年の時は運営に対しては「頭固いなぁ」、「早く次進まないかな?」、「レジってなんでこんなに厳密なの?」といったことを常々思ってました(クソガキismですね苦笑)。いざ正規コミ、ACを経験してみると会議、資料作成等で大量に時間がぶっ飛びます。機会費用の大きさは夢の国のように大きいです。しかも予期しないキャンセル等があると波及効果を含めた大会への支障はバカにできません。怖い怖い('Д') 
大会中/後に運営が文句じみたことを言われるのはよくあることです。運営としては改善点の提示はよゆうで有難いことなのです。運営を経験したからこそ、どのような言い方だったら運営側がhappy to acceptか昔より分かる気がします。運営側に対する見方がより実情を連想したものになったとでも言いましょう。社会人とのやり取りでも学びはありました。

「え?こんなん大した意味ないやん(草)」、「誰でもこのくらい知っとるわぁWW」 

素直なツッコミ感謝です!(^^)!
しかして新しいことをやって得るものは人によりけり。ディベートでなくとも興味があったら行動に移すのはええと思います。自分の場合は上記の経験が就活にも少し生きました。(グループワークでの要点を特定しようとする姿勢だったり)
 
 2. もっとジャッジの活性化を!!!(ディベートのspecificな話です(笑)) 結論から言うとジャッジもディベーターにfeed back聞くべしということです。(既に先輩が仰っているところも少なくないでしょう) 勝敗言った後にディベーターに聞くのが難しいとかあるかもしれませんが習慣化すればalleviateされますし絶対やった方がいい。Chair, Panel間のディスカッションで満足して「アハハァ~色んな見方があるね~~」といった状態が進んでいる気がします。これじゃあ成長するかしないかが大いに運ゲーになってしまいます(私も人のことは言えた立場にないんですが)。他のOccasionでも、上司が部下に、先生が生徒に対してfeed backを求めるのはよくあることですし、一般化しても、さするべしといったところでしょう。

 3. motionのワーディングの意識!!!(再度ディベートの話→抽象化) ワーディングが重要なのは恐らく誰でも知ってると思います。でもそこでミスって負けることもしばしば。motion解釈を重点的にやる練習ってあまり一般的ではないと思いますが、個人で練習するんだよ(*'ω'*)といった感じだとその人の解釈が先行し思考の偏りが更に強くなっていく傾向が強まってしまいます。Veto練習もただ数をこなすだけではなくこういうのも意識したいですね。。。
正直言ってフレームワークがあると使いたくなります。しかし、やはり言葉に忠実になるのが肝心だと感じました。忠実になろうと意識しすぎて思考がまとまらずHunter×Hunterのポックルのように「アッアッア」ってなる場合もあり恥ずかしい限りですが、necessary stepでしょう。就活でも言葉のニュアンスを意識するようになります(否が応でも)。脳が自動で都合のいい論理世界を構築するのは人間の性ですがそれを克服する潜在性もinheres in human capacityです。もちろん気さくな会話の場面で常に意識すると些か怖いですが英語弁者の心構えとして持っておくのは悪くないと思います...

 4. ディベートにおける正解って何なんだという素朴な疑問に関して。自分なりの答えは真理の切り口を増やすことにあります。この段落で言いたいことは主に二つ。「ジャッジのディスカッションにおいて正解も不正解もない」と「勝敗に一喜一憂する強い理由がない」ということです。
 まず前者に関して...OsawaでもBP Noviceでもディスカッションしているときにvoteがずれると「あ、間違えました」と宣う方々がいらっしゃいました。まず正解も不正解もないので自信をもって自分のvoteの理由を簡潔に述べてもらいたい。ディベートの中における観点は死ぬ気で見つけむとすれば膨大になります(それが合理的か否かは別問題ですが)。故に順列の相違が生じ得るのは当然の理であります。せっかく3人もいるので自分の意見を臆することなくビシッと言ってしまった方がRFDも包括的になる可能性が生まれます。ジャッジをやろうと思う人は他人との意見の相違を楽しむくらいできるといいですねという。。。真理がだんだんクリアになっていく感覚は楽しいはずです。
 後者について…ディベートでは試合を行う以上、勝敗によって感情が揺さぶられるのは当然かもしれません。しかし勝っても負けても動じないような鋼のメンタルがあるといいですね...という話ではありません。勝敗自体に意味があるかと言われたら自分からすれば意味はほぼないです。理由は既に述べましたが観点になり得るものは解釈する相手(ジャッジ)が人間である以上、seriously diversedです。つまり現実のvoteで勝っても異なる側面ではボロ負けしてる場合もあれば、現実のvoteで負けていながら水面下の側面では勝っていた。みたいな感じです。結局、自分が納得したか否かに重点を置くのが気が楽な気がします。

∴納得しないで勝つことは納得しないで負けることにほぼ等しい

このくらいシンプルに考えるといい時もあったりなかったりする、ということです。何か他にも記述したいことがあったような気がしなくもありませんがこの程度にさせていただきます。ものすごい雑なディベート徒然草のような文章になってしまいましたがお読みいただき誠に感謝です。

よい年始を🐓
人柄だけでなく文章もかっこいい清先輩ありがとうございました!!最後は先輩といえばこのポーズ。(ちなみに先輩はいつも写真を撮る前にこめかみを揉みはります)(かっこいいのですがまるるは先輩がドライアイなのではと予想)(肩掛けスーツもポッケから出したお花も先輩だからこそかっこいいです!!(●^o^●))


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